2024年1月29日。人道支援組織「赤新月社」のスタッフは緊急電話を受けた。 パレスチナ・ガザ地区で6歳の少女が助けを求めている。 スタッフたちは少女との通話を繋ぎ止めながら、救出するためにあらゆる手を尽くす… …。
少女の名前はヒンド・ラジャブ。
映画公開記念として、公開初日の9月4日(金)よりチャリティTシャツを発売することが決定。
胸元にはヒンド・ラジャブさんの写真が大きくプリントされ、<私は忘れない。>というメッセージとともに、<ヒンド・ラジャブ事件/日時:2024年1月29日/場所:ガザ地区 ガザ市 テル・アル=ハワ>と本作が題材とする事件と彼女に起こったことについてなどが英語で記されています。
また、カウテール・ベン・ハニア監督が本作に託した<私たちは彼女の記憶を、静寂の中に消し去ってはならない>というメッセージも載せ、背面には、イスラエル軍によって彼女が乗っていた車に撃ち込まれた355発の銃弾をプリントされています。
■商品概要
<黒 ワイドシルエット>
サイズ: M / L 価格: ¥3,500(税込)
<赤 レギュラーシルエット>
サイズ: L / XL 価格: ¥3,500(税込)
■発売日:9月4日(金)より
■発売場所(8/30までに決定分)
・新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺、伏見ミリオン座、アップリンク京都、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、札幌シアターキノほか、9月4日公開の一部の上映劇場
※9月5日以降に上映開始となる劇場での発売については、上映劇場へお問い合わせ頂くか、映画公式X(https://x.com/Hindrajab_film)をご確認ください。
・オンラインショップ(albatros-film-shop)にて9月4日(金)正午より発売開始
URL:https://albatros-film.stores.jp/
私はこの賞を、パレスチナ赤新月社、そしてガザで命を救うためにすべてを懸けたすべての人々に捧げます。彼らこそが本当のヒーローです。
ヒンドの声は、ガザそのものの声です。世界中に響き渡った「助けて」という叫び。しかし、誰も応えませんでした。
彼女の声は、真の責任が問われ、正義が実現されるその日まで、響き続けるでしょう。
私たちは皆、映画の力を信じています。
今夜私たちがここに集っているのも、埋もれてしまいそうな物語を語る勇気を与えてくれるのも、映画なのです。
映画はヒンドを蘇らせることはできませんし、彼女に対して行われた残虐行為をなかったことにもできません。奪われたものを取り戻すことは何もできないのです。
しかし映画は、彼女の声を記録し、国境を越えて響かせることができます。
なぜなら、彼女の物語は、彼女一人のものではないからです。それは、ジェノサイドに耐え続ける人々全体の物語であり、罪を問われることのない
イスラエルの犯罪的な政権によって引き起こされた悲劇です。
そして今夜、この物語は「記憶」だけではなく、「緊急性」を伴っています。ヒンドの母ウィッサムと弟のイヤドは、いまだガザにいます。
彼らの命はいまだ危険にさらされており、恐怖、飢え、そして爆撃の空の下で毎日を迎える、数えきれない母親、父親、子どもたちと同じです。
私は世界のリーダーたちに、彼らを救ってほしいと強く訴えます。
彼らの生存は、慈善の問題ではありません。それは正義と人道、そして世界が彼らに最低限果たすべき責任の問題です。
ヒンドの母ウィッサムから、皆さんにこの言葉をお伝えするように頼まれました:
「あなたに、チームのみんなに、そしてこの映画を支えてくれたすべての人たちに感謝の気持ちを伝えたいです。
私を支えてくれたこと、この物語を支えてくれたことに、心から感謝しています。本当は私も、今日皆さんと一緒に立っていたかったです。
そして、世界がガザにおけるヒンドだけが特別な物語ではないということを忘れないでいてくれることを願っています。
希望を待ち続けている子どもたちが、まだたくさんいます。この映画が戦争を止める助けになりますように。」
私もまた、この耐え難い状況の終わりを求めます。もう、たくさんです。
かつて、ネルソン・マンデラという賢人がこう言いました:
「パレスチナの自由なくして、私たちの自由は完全ではないことを、私たちはあまりにもよく知っている。」
今日、その言葉はかつてないほどの重みを持っています。
ヒンドの魂が安らかに眠れますように。彼女を殺した者たちの目が、決して安らかに閉じることがありませんように。
そして、パレスチナに自由を。
本日、『ヒンド・ラジャブの声』がアカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされました。
私は、この文章を一瞬も止まらずに書く方法が分かりません。
このノミネートはまずヒンドのものです。 彼女の声のものです。 決して起こるべきではなかったのに、それでも起きた出来事のものです。
これは、映画というものが今もなお、真実と慈しみと使命の場であり得ると信じた全ての人々のものです。
勇気と正義感でこの映画を支えてくれた、素晴らしいチームのものです。
チュニジアへ。この映画は、たとえ耐え難いものだとしても、存在し、抵抗し、語り続けるでしょう。
世界中から集まった美しい作品の中に、"ヒンドの声"が存在することを大変光栄に思います。
“象徴"としてではなく。
“歴史"として。
耳を傾けてくださったアカデミーに感謝します。
そして、この映画を支え、共有し、守り、受け止めて下さったすべての方々に。
私たちは、これからも歩み続けます。
2024年1月29日。人道支援組織「赤新月社」のスタッフは緊急電話を受けた。 パレスチナ・ガザ地区で6歳の少女が助けを求めている。 スタッフたちは少女との通話を繋ぎ止めながら、救出するためにあらゆる手を尽くす… …。
少女の名前はヒンド・ラジャブ。
監督はアカデミー賞に3度ノミネートされた実績を持つ秀英カウテール・ベン・ハニア。フィクションとドキュメンタリーを行き交い唯一無二の表現をするハニア監督は、当時ニュースやSNSで世界中に拡散されていた“ヒンドの声”を聞いたことをきっかけに映画化を決意。保管されていた実際の音声記録や現地の映像を使用し、極限までリアリティーを追求した物語を構築した。第82回ヴェネチア映画祭では史上最長となる23分のスタンディングオベーションで迎えられ、銀獅子賞を含む驚異の8冠を達成し、アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートを果たすなど世界中の映画祭を席巻。ブラッド・ピット、ホアキン・フェニックス、ルーニー・マーラなどの多くの映画人たちが監督の想いに賛同し、プロデューサーに名乗りを挙げている。
その日、一人の少女の“叫び”に懸命に向き合っていた人たちの奮闘や苦悩を、圧倒的な緊迫感で描き出し観る者の心を掴んで離さない、魂が震える衝撃作が誕生した。
凄い映画。今まで見たこともないような斬新なこの映画のスタイルは、戦争に対する激しい怒りから生まれたのだろうか。
心拍が上がり続ける大事な作品だった。たくさんの人に観て欲しいと思います。
実録をもとにした再現映像の迫力。
「助けて」と叫びつづけるこの女の子の声に、私たちは耳をふさぐことができるのか?
批判も覚悟の上、映画が響かせた「助けて」の肉声。一人の少女を記憶に刻むとともに、記録に残らない、救えたかもしれない無数の命を思わずにはいられない。
「平和のための軍拡だ」、「抑止力である」などという死の商人たちの言葉に騙されているすべての人に見てほしい。彼らが信奉する愚策の『成果』を、ここにある現実で確かめるべきだろう。
あらゆる立場の人が見るべき。
これは我々の考える映画ではない。映画という枠を超えている。これは我々が必ず見なければならない作品だと思う。それがこんな不条理を許している我々同時代人の最低限の責務だと思う。
ジェノサイドの暴力は虐殺だけではない。
不条理な壁を何重にも立ちはだからせ、人命を「救えなかった」無力感と罪悪感まで生き残った人々に深く刻み込む。
この映画を観て、「殺すな」と叫ぶだけでは不十分だ。
イスラエルによる占領を可能にしているのは、私たち「世界」なのだから。
ネットニュースを巡回していた人なら、“結末”を知っているかもしれない。
それでも観て欲しい。助けを求め続ける6才の少女。彼女を助けようと必死に奮闘する大人たち。救急車で僅か8分の距離。ところが、救助活動の許可が下りない。立ちはだかるもの、そこは“戦場”だからだ。
焦燥。苛立ち。怒り。絶望。この世界は、狂っている。しかし、これは現実なのだ。
だからこそ、“彼女(ヒンド)”の銃声混じりの叫びを、世界中の人たちに聴いて欲しい。
戦争の愚かさと残虐をこれほどまでに描いた作品があっただろうか。
ヒンドの絶望に胸が張り裂けそうになる。そしてその声は、私たちすべてに向けられている。
あまりにも強烈な映画。
パレスチナのこれ以上無い最悪の状況に心がズタズタになる。
丸腰の罪無き一般市民を、救急隊員を、
少女を、惨殺する戦争犯罪。
なぜ人間はここまで残酷になれるのか。
なぜ国際社会はもっと手を差し伸べられないのか。
1日も早く、一刻も早く、この悍ましい行為を止めさせないといけない。
今、救いは花と海と光だけなのか・・・。
覚悟をして、この作品を観てください。
目を逸らさず、
耳を塞がずに。
あなたは、その声を最後まで聞くことができるだろうか。
ヒンドは、歴史の中の名前ではありません。
本来なら今日も生きて、
笑い、
誰かに愛され、
未来を夢見ていたはずの少女。
助けを求めるその声を、世界は聞いていました。
それでも、その命を救うことはできなかった。
戦争が奪うのは命だけではありません。
未来であり、希望であり、誰かと過ごすはずだった時間です。
観終えた後、アナタはきっと問い続ける。
『あの日、沈黙したのは誰だったのか』
そして、その問いは決して過去だけに向けられたものではない。
忘れられない、忘れてはいけない、
救えなかった少女の声。
助けを呼ぶ声は、今この瞬間も、聞こえている。
わたしたちは、聞こうとするだろうか。
忘れないようにする。今日もまっくらの中で、
まだ残ってる光を探して、誰かが心を削ってる。
迎えに行かなければ。はやく、はやく。
きっと今、この瞬間も、通話は切れていない。
そもそも「ただ見守るしかない」のが、映画だ。
ゆえに強く「いても立ってもいられない」感情を喚起する……その力を最大化して、無情な現実に抗っているのが、本作なのだ。
SNSを通して流れてくる悲惨な映像に、遠い国から無力感や罪悪感を抱いていた。けれど、実際にこんなにも近くで、その何十倍、何百倍もの現実を目の当たりにしながら、日々、希望と絶望との間で闘い続けている人々がいるのだと、改めて気付かされた。
世界はこの異常な事態をこれ以上容認してはいけない。
いまこそ映画の力を信じたい。
その「声」は監督の心を揺らがせ、カメラを終始迷わせた。俳優は「声」を前に立ち尽くすのみで、映画は常に成す術もない。観た者の「ざわめき」により、この作品は動き出す。手を差し伸べて。たとえ届かなくても。
フィクションか、ドキュメンタリーか、なんてどうでもいい。
“映画監督にできうる最高の仕事”に震えた。
たまたまだが、次男が6歳になった日に、この映画を観た。
銃撃を受けながらも必死に命を乞う6歳の少女、ヒンド・ラジャブ。その肉声が到底他人事とは思えず、涙と鼻水を垂れ流しながら、祈り続けた。
映画が映画を超える瞬間が、ここにある。
彼女の声を、私は一生忘れない。
救おうとするから苦しむ。
見なければ聞かなければ「人間」じゃなくなる。
『ヒンド・ラジャブの声』は強烈極まりない。
見捨てる度胸もない偽善者の心をも打ち砕く!
助けを求める6歳の少女の実際の電話音声を聞く冒頭から、舞台である緊急センタースタッフとともに息が詰まる時間をラストまで過ごした。
現実に今起きていること、戦地における人道支援の難しさ、目をそらせない。
その声は記録となり、何度でも甦る。しかしそのひとはもう戻らない。
引き裂かれながら応答せよ。あなたがまだ生きているのなら。
ヒンド。海が大好きな6歳の女の子。助けを求める彼女の声を聞いて、ガザで奪われた命の数をもう一度確かめる。
私もあなたも、もうそれをただの数字として見られなくなっている。
目を背けたくなる、耳を塞ぎたくなる。
だからこそ最後まで見届けなければいけない。ヒンドの声を聴かなければいけない。
画面に映る赤新月社の一人一人の勇気と苦しみ、そして画面に映らないイスラエル軍の残虐さに対して人間として僕らは向き合っていくしかない。
ミストというホラー映画をご存知だろうか。本来であれば助かるはずの善良な人々が非業の運命に晒され、史上最も胸糞悪い結末を迎える物語のひとつとして語り草になっているが、イスラエルが狙う土地ではこれが常態化しており、我々はもうホラー映画で驚くことが出来なくなってしまった。
二重三重の障壁に阻まれ続ける救助ミッションの実態。助けを求めるパレスチナ少女たちの切実な肉声を私たちの元まで運び抜いてくれた制作チームに心からの敬意を表したい。
本作は、ガザで落命した、数多の子どもたちの「声」を甦らせた。
そして、ヒンドの声は、ジェノサイドを止めようとしない世界中の大人たちの「沈黙」を容赦なく射抜き、宙空に飛散しながら、我々の目前で響き続けるのだ。
Free Palestine! Stop the Genocide!
言葉が浮かばない
どこへなにを向ければいいのか
なにひとつわからない
自分が自分でいることも
なにもなくなってしまう
「自分とは関係ない」と思っている人にこそ、観てほしい。
いかに侵略、紛争、戦争が理不尽に人の命を奪うか
罪のない子供の悲痛な叫びを、絶対に風化させない、強く重く意味を持つ作品。
映画は、確実に「政治的」である。
一度は世界に見過ごされた少女の声を、この映画は再び掬い上げる。同時に、自由も権利も命さえも容易く奪われる理不尽の中で、怒りと無力感に魂を擦り減らしながら、それでも救護を続ける人々にも光を当てていく。作中で人々がSNSを通して世界に訴えようとするように、私たちの関心は彼らにとって武器となる。形だけの停戦の下でなお命が奪われ続ける今、彼らの闘いを孤立させないこと。この映画は、そのための一歩だ。
『SIRATシラート』の次はこれだ!
ここまで観客を発狂寸前のギリギリまで追いつめる映画があっただろうか。ずっと目を逸らし続けてきたものを眼前に突き付けられて、私たちは身動ぎもできなくなる。
イスラエルは今この瞬間も〝アンネ・フランク〟を量産し続けている。償うものが多すぎる。
「となりでねんねしてる」家族の遺体に囲まれ、助けを求め続けた6歳の少女の肉声。聞くことすら辛い。でも、聞いて欲しい。忘れないために。そして、人間であり続けるために。
起きていることがあまりに過酷で理不尽で、平静には観ていられなかった。でもこれが毎日なんだよな、ガザでは。信じたくない現実だが、ヒンドの純粋無垢な声が「本当に起きていることです」と繰り返し告げてくる。
私たちが日頃の報道では知ることのできない、
でも寧ろ知らなければならない、6歳の少女の声。
スクリーンには本物のヒンドの声と、緊急通報を受けたボランティアスタッフたちの奮闘する姿。
これ程までに彼らと一緒に暗中模索するような感覚に没入してしまうのは、この作品以外に私は知り得ません。
フィクションと思いたいが、終始現実に起こったことであることを観客に突き付けてくる。
彼女の“声”に今応えるとしたら、一人でも多くの人に本作を観てもらうことだろう。
助けを求める6歳の少女の声に、救急車は少女から8分程度のところに。
なぜすぐに向かえないのか?なぜ少女は独りなの?疑問はこの衝撃の現場に立ち会うことで見えてくる。
このような子どもたちの悲痛の叫びが今も亡くなられたガザの子どもたちそれぞれに存在しているということ。
ただ傍観することを余儀なくされる状況がよく描かれていて苦しかったです。
これは終わった悲劇ではなく、今なお続く惨状だ。
救いある結末は、現在に生きる我々に委ねられている。
観客ではなく当事者として、目を、耳を、口を閉ざしてはならない。
ヒンドの声に、いまの世の中がどれだけ狂っているのかを痛感させられた。
戦争を止められない我々は愚かで哀しい存在だ。
それでもまだ、世界は変えられると信じたい。
「助けてー」と叫べば、日本では大抵救いの手がくる。
それでもだめなら「火事だー」って叫べばとりあえずなんとかなる。
でもこの映画では助けるのに許可がいる。なぜ⁈
幾度も訪れる絶望と希望に心が壊れる。
実際の音声・映像を巧みに用いたことで、手も足も出ない戦場の虚しさは増幅し、ノンフィクション以上の圧に絶句する。
映画は何のためにあるのか。
その答えのひとつが、ここにある。
消されかけた小さな声を世界に響かせ、
私たちに目を背けることを許さない。
この映画が存在すること自体が、忘却への抵抗なのだ。
映画は、取り返しのつかない現実の悲劇を、ただ再現することしか出来ない。
だが、この映画は違う。
全ての人が観るべき、鎮魂と告発と連帯のための映画だ。
幼い子が絞りだした「助けて」の前に、この世界の一員として引きずりだされる。
無力感に頭をおさえつけられ、地面の砂がひたいにめり込む。
ニュースで事実の経緯を知ったところで、もはやすっかり鈍感になっている。
世界を覆うシステムの理解を気取って、追認に逃げ込むばかりだ。
重い無力感に差し出した頭を潰され、早く楽になってしまおうとする私たちにこそ、この映画は必要だ。
いま、そこで必死に生きている少女の声が、たしかに聞こえているのに何もできない。
その尊い声が、いつ途絶えてしまうかもわからないのに、助けられない。
映画のなかで少女から電話を受けた彼らの焦燥、もどかしさ、絶望、切迫感は、ここにいる私たちのものでもある。
小さな声が、声の波が、かき消されていくこの時代。
胸の苦しさを通り越して無力な自分に怒りすら沸いた。
映画を観終わっておしまいには決してしたくない。気付きや行動のきっかけにしなければと切に思う。
限定されたオフィス空間、時間に追われる救出作戦、通信が途切れる恐怖。
これら完璧に揃ったスリラーというフィクションの装置を、少女の肉声を伴う苛烈な現実がのみ込み、私たち観客の倫理観をも揺さぶってくる。類いまれな映画体験だ。
映画は映像によって視覚的に何かを直接表現できる芸術だが、今作は電話の向こう側をあえて映さず、聴覚的な表現だけで私たちに想像を強いる。
呼び覚すのは希望と絶望、そして反戦の意だ。
この少女の「声」を、今を生きるすべての人が聴くべきだ。
戦争の不条理に成す術もない無力さに全身で慟哭しつつ、
彼女の遺した声が世界を変えると、かすかな希望を信じたい。
問答無用の傑作。
6歳の少女たちには本来、穏やかに過ごす日常や、思い描く未来が存在するはずなのに、ヒンド・ラジャブにはもうない。なぜこんなことが?
この映画は嘆き、怒り、叫びつづける。
フィクションとドキュメンタリーの双方で現代世界の重要局面を鮮やかに切り取り、見事な結果を残してきたカウテール・ベン・ハニア監督だからこそ成し得た本作のリアリズムは、異次元のレベルに達している。
現実の音声を基に再構築されたドラマの迫真性と重要性は比類が無く、現在を生きるすべての人間にとって必見だと叫びたい。
本物の叫びが映画に刻まれている。
戦争に向かおうとする者すべてに、ヒンドの声を聴いてほしい。
海が好きな少女から、その光や、波や、潮風を奪う前に、無益な争いを止めてほしい。
これはフィクションの救出劇ではない。
助けを求める少女の悲痛な肉声は現実、それは日本に住む我々にも向けられている。
この結末を変えたい。そう願ったなら起こすべき行動がある。
子どもの未来を願う親として、この映画を忘れることはできない。
映画に戦争を終わらせる力はない。
それでも、人の記憶をつなぐ力が映画にはある。
本作は、その記憶を未来へつなぐ責任を、静かに私たちへ託してくれる。
心をえぐられ、耐えきれず、涙を流しながら見届けた。
自分の娘と同い年の少女が、必死に救けを求めている。
だが大人たちは動けない。戦争は今も続けているのに。
“今、最も重要な映画だ。今日の悲惨な世界を映しながら、同時に、人間性を奪われた人々の中にこそ“希望”があるということを明白に示した”
“近年で最も重要な作品であり、私に気づきを与えてくれた。全人類が観るべき映画にちがいない”
“ハニア監督の、勇気と情熱、そして人間性に敬意を表する”
“ただただ素晴らしい。激しく心を打たれ、感動し、希望すら感じる見事な作品だ”
“こんなにも胸が熱くなる作品は長い間観ていない。映画を超越したものである。
【声】というのは、人が表現する中で最も正直でありのままのものである。
だからこそ、「ヒンド・ラジャブの声」は、力強く、驚異的で、偽りがないものである”
“沈黙を拒絶する真実の[声]。今の時代に不可欠な映画だ”
“今まで観たことがない映画だ。時を超える作品である。私の使命はこの映画を世界へ広め届けること。それほどの重要作だ”
“生涯を通じてこれほど衝撃的な作品はない。絶対に必見。
ハニア監督は、フィクションとノンフィクションを組み合わせる非常に心打たれる深みのある手法を見出した”
“映画というものが、人々を感動させ、信念を変え、共感を生み出す事に疑いを持つ者たちへ。とにかくこの“映画”を観よ”
“ジェノサイドの残虐性を理解するために、誰もが観るべき作品だ”
“力強く、最も重要な作品だ”
“この10年間で最も重要な作品”
“涙なしに観ることは不可能”
“言葉が出ない。強く、激しくあなたの心を揺さぶる”
“胸が張り裂けるような、魂を打ち砕くような作品”
“容赦ない画作り、激しくエモーショナルなドラマ”
“激しく、緊迫感があり、心を揺さぶる”
“圧倒的で強烈に没入する“
“戦争の犠牲者の中には罪もない民間人がいるという、当たり前の真実を我々に突きつける”
“本物の音声が衝撃度を増幅させる”
“ワンシチュエーションだが、巧みな構成と強力なキャストにより見事に再現した”
“これ以上ないほどの迫力。ドキュメンタリーとドラマの見事な融合で、我々の胸を締め付け、そして打ちのめすだろう”
“パレスチナ人のキャストも試練の連続だっただろうが、驚異的な演技を披露してくれた”
“心を鷲掴みされ、激しく混乱し、そして感動をもたらす”
“強烈なインパクト、これほど心揺さぶる映画に出会った事がない”
“胸が張り裂けるほど、緊迫感に満ちた作品だ。今年最も重要な映画である”
“一瞬たりとも目が離せない”
“ヒンドの声が永遠に脳裏に焼き付く” “耐え難くも必見”
“かつてないほど力強く心揺さぶる”
パレスチナ・ヨルダン・カナダのバックグラウンドを持つ女優であり、「スポークン・ワード」詩人。トロント大学で国際関係学と演劇学の学位を取得し、さらにトロント・フィルム・スクール(TFS)で映画・テレビを学び、学位を取得。TFSの映画祭では、最優秀女性演技賞を受賞。映画デビュー作『Simsim(原題)』(25)で、アンマン国際映画祭で最優秀新人主演女優賞を受賞した。
パレスチナのジェニン生まれ。16歳でフリーダムシアターの演技専門学校に入学し、ジュリアーノ・メール・ハミスの指導を受ける。卒業後、パレスチナを代表するプロ俳優集団の一員となる。世界中で舞台や映画に出演し、最近では中東、イギリス、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジア、オーストラリアで活躍している。
パレスチナの俳優、監督、脚本家。彼が出演した主な映画には、『地中海熱病』(22)、『テルアビブ・オン・ファイア』(18)、そしてゴールデングローブ賞を受賞した『パラダイス・ナウ』(05)がある。
パレスチナ系アメリカ人の女優。映画や舞台活躍している。ハニ・アブ・アサド監督の『エルサレムの花嫁』(02)でキャリアをスタートしマラケシュ映画祭で最優秀女優賞を受賞。その後も、『シリアの花嫁』(04)、『ワールド・オブ・ライズ』(08)などに出演。現在もHuluで配信されている、チャンネル4のドラマ『Baghdad Central(原題)』にも出演している。
1977年、チュニジアのシディブジッド生まれ。
チュニジア・チュニスとフランス・パリ(ラ・フェミとソルボンヌ大学)で映画製作を学ぶ。
短編映画『Sheik's Watermelons』(2018)や『Wooden Hand』(2013)を手がけ、複数の国際映画祭で評価を得る。長編デビュー作『The Challat of Tunis』(2014)は、カンヌ国際映画祭ACID部門のオープニング作品に選出。15カ国以上で配給され、国際的な成功を収めた。次作となる長編ドキュメンタリー『Zaineb Hates the Snow』は、チュニジアとカナダを舞台に6年の歳月をかけて撮影。2016年ロカルノ映画祭で公式上映された。
2017年には『Beauty and the Dogs』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で最優秀サウンドクリエーション賞を受賞。
モニカ・ベルッチを主演に迎えた『皮膚を売った男』は、ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映され、2021年アカデミー賞長編国際映画部門にノミネートを果たし、続く『Four Daughters フォー・ドーターズ』(23)では、第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、優れたドキュメンタリー作品に贈られるゴールデンアイ賞を受賞。第96回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。
カウテール・ベン・ハニアとは、これまでに『Beauty and the Dogs(英題)』(17)、『皮膚を売った男』(20)、『Four Daughters フォー・ドーターズ』(23)、そして『ヒンド・ラジャブの声』でタッグを組んでいる。
その他、モハメド・ベン・アッティア監督『Hedi(英題)』(16)、『Dear Son(英題)』(18)、『Behind the Mountains(原題)』(23)、フィリップ・フォコン監督『ファーティマの詩(うた)』(15)、『Amin(原題)』(18)、『THE HARKIS (英題)』(22)、メリアム・ジョベール監督『Who Do I Belong To(原題)』(24)などといった監督たちの作品もプロデュースしている。
『ナワリヌイ』(22)でプロデューサーを務め、2022年サンダンス映画祭で、観客賞とフェスティバル・フェイバリット賞をダブル受賞。第95回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞し、大きな注目を集めた。
その他、これまで数多くの作品でプロデューサーを務め、全米製作者組合賞、全米監督協会賞ノミネート、デュポン・コロンビア賞、グリアソン賞、シネマ・アイ・オナーズ、放送映画批評家協会賞などを受賞・ノミネートしている。2023年には 国連の「持続可能な開発目標映画功労賞」 を受賞した。
サーチライト・ピクチャーズやFilm4 でエグゼクティブ・プロデューサーを務め、『セクシー・ビースト』(00)、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)などで企画・製作に携わった。
ジョナサン・グレイザー監督『関心領域』(23)でプロデューサーを務め、アカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞を受賞した。その他グレイザー監督の『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13)や、トレイ・シュルツ監督の『WAVES/ウェイブス』(19)、リン・ラムジー監督の『ビューティフル・デイ』(17)を手がけている。